「神に求める祈り」 マタイの福音書 6:9-13 .
6:9 だから、こう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。
6:10 御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。
6:11 私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。
6:12 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。
6:13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』〔国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。〕
1.神に生かされる幸い
9月は祈りをテーマに、主の祈りから学んでいます。今日は「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください」という祈りから、神に求める祈りについて学びましょう。
「日ごとの糧を」と祈ると、モーセの時代、エジプトから脱出したイスラエルの民が、荒野において神に養われたことを思い起こします。マナという食物が天から与えられ、それは毎朝地上に表れました。集める際に注意事項があります。集めて良いのはその日一日分、ただし安息日の前日は二日分でした。これは、イスラエルの民が神によって生かされていることを学ぶ訓練でした。明日はマナがないのではないかと疑った者は必要以上のマナを集めました。しかし翌日その余分なマナは腐って悪臭を放ちました。しかし安息日には前日に集めたマナに異常はありませんでした。安息日にマナを集めに行った者が何も見つけられなかったのは言うまでもありません。
わたしたちは日常の必要を祈るときに、わたしたちが祈る以前から恵みを与えわたしたちを生かしてくださる神への感謝をもって祈るのです。ですから、日ごとの糧を祈るとき、わたしたちは神への信頼と神に生かされている幸いをかみしめながら祈るのです。
2.神のみこころを知る幸い
わたしたちが神に求める祈りを、わたしたちの願い全般に広げて考えてみましょう。わたしたちはしばしば祈りにおいて失望をおぼえることがあります。祈ったのにそれが実現しない、ということです。
まずヤコブの手紙4章を見てみますと、そこには大変厳しことが書かれています。「願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです」(ヤコブ4:3)。しかし同時にヤコブは神の恵みと慈しみとを強調しています。恵みの神の前で自らの心の動機を探るときに、人は神の前で謙遜にさせられます。わたしたちはしばしば、自分の求めの正当性を主張して神にその実現を「請求」するような祈りをしていないでしょうか。祈りが聞かれないとき、それはわたしたちが謙遜を学ぶ機会でもあります。
祈りはわたしたちを謙遜に導き、さらに神のみこころへと導きます。イエスは十字架にかかられる前夜、ゲッセマネの園で汗をしたたらせながら祈りました。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください」(マタイ 26:39)。
パウロにはその働きに支障をきたす持病があったと言われています。彼はこのために必死に祈りましたが、癒されることはありませんでした。しかし、神は別の答えを用意しておられました。「このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。しかし、主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう」(コリント第二 12:9-9)。
わたしたちは何でも求めることを赦されています。そして祈りが聞かれるとは、その願いがかなうことも祝福です。しかし、願いがかなわないときも、それは神が祈りを聞いてくださらないのではなく、わたしたちが神のみこころを知るようにと導いておられるのです。祈りを通して神のみこころを知ること、それはわたしたちの願いがかなう以上の祝福です。
3.ともに生きる幸い
最後に、この祈りの主語は「私たち」となっています。人は自分の必要のためには当然祈ります。では、自分の周りの人々の必要のために祈っているでしょうか。さらに、もっと広げてより多くの人、いえすべての人の必要をおぼえて祈っているでしょうか。「私たちの」といのるとき、自己に向かいがちな関心が、所属する共同体、あるいは全世界をも視野に入れた広がりを持ってくるのではないでしょうか。
神への信頼、神に生かされている喜びをもって、わたしたちの必要を神さまに求めましょう。祈りの内に、わたしたちの願いを中心にするのではなく、神のみこころを知る神の導きがあるなら、その導きにゆだねましょう。そして自分ためにではなく、仲間のために、すべての人の必要のために祈りましょう。
「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください」 マタイ6:11
posted at 2006/9/19

